挨拶をする本当の意味

SNSで少し話題になっていた様子の「挨拶の要・不要問題」について書かせていただきます。
結論から言いますと、ぼく個人の考えとして挨拶は必要だと思っています。
理由は簡単で、挨拶をしている方が生きていく上で圧倒的に有利だからです。
写真の20代男性のように、挨拶をしなくても生きていけるんだから別にやらなくたっていいじゃないか?
と考える人は一定数いると思います。正直なところ自分も昔はそのように考えていた時期もありました。家族にしたって学校の友人にしたって、毎日毎日同じような顔ぶれに会うわけだから、わざわざ挨拶をしなくても相手の存在は認識できるわけだし、先生や先輩にヘコヘコ頭を下げて挨拶することが面倒だし鬱陶しいとも思っていたので、ものすごく適当に挨拶を済ませていた時期があった記憶があります。
■顔色を伺う
この言葉を聞くと、へりくだっているように感じあまり良いイメージをもてないかもしれませんが、生きていくために、しかもただ生きていくわけではなく社会との交流をより円滑にし、自分の居心地の良い世界で生きていくためには必要な『戦略』だと思います。
人というものは、【大前提として】基本的に自分にしか興味がなく、自分のことが一番大事です。これはなにも悪いことではなく当たり前のことです。生物というモノは、「自分の生命を守るためと、自分の子孫を残すため」にいかにして生き残れるか!のためにさまざまな戦略を立てて日々を生きています。
これはホモサピエンスに限らず、犬だって猫だって、鳥だって魚だって、植物だって同じです。
いやいや!僕・私は自分のことよりも〇〇の方が・・・という意見も返ってくると思いますが、生物学的な話をさせていただいているので、そこのあたりはスルーさせていただきます。
話を戻しますね。
人は社会交流を円滑にする為に相手の顔色を伺うという戦略をとり行動をするのですが、その時に必要なのが表情(顔色)だったり、挨拶(声色)だったりします。
《余談ですが・・・原猿類や犬・猫のように、人の顔に毛が無いのは自分の表情を相手に伝えるための戦略のためだと考えられています。》
■挨拶をする2つの目的
①挨拶をされた側が挨拶をしてくれた相手に対し「私は〇〇さんに認識されている」と感じる
②相手に対して適切な挨拶をすることで、「あなたに対して敵意はないですよ」」と伝えるため
この2つが挨拶の目的だと考えます。
少し前に「自分の居心地の良い世界」というワードを出しましたが、動物というのは、環境の中から危なそうな場所に注意を向けるようにできています。挨拶をしない!ということは周辺にいる皆が挨拶をしない人に対し「あそこは危険な気がする」と認識されるようになります。そうなると挨拶をしない人に対して「なんとなく、あの人とは合わなさそう」と警戒される存在になってしまいます。
これだと居心地の悪い世界に身を置かなければいけなくなってしまいます。ですのでそうならないためにも挨拶をする必要があるのだと思います。
■まとめ
自分の体調が良くなかったり、気分が落ち込んでいて人と話すことが面倒くさかったりする時もあると思いますが、そういった時でも挨拶をしていると、相手が自分の異変に気付いてくれて、救われることだってあるわけです。
「おはようございます」「こんにちは」「おつかれさまです」、、10文字にも満たない言葉ですが、やるかやらないかで世界が大きく変わるわけなので、嫌でもなんでもやっと方が上手く生きていくには有利なんじゃないかと思います。
以上のような考えから、挨拶というのは、自分や自分に関わる社会を守る為にも必要不可欠なことであると僕は考えます。
自分の息子が大人になった時に、お世話になっている人に対して挨拶をしていないようなもんなら
「テメエ一人の力で生きてると思ってんじゃねぇぞ!自惚れるな!!」と愛のムチで怒鳴り散らしてやりますね( ^ω^ )笑