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柔道整復師を目指したきっかけ

今やっていることが本当にやりたいことなのか!と考える時や、今の自分がいっぱいいっぱいにになった時などに
ときどき過去を振り返るようにしているのですが、今回は原点に帰ってこれからのことをもう一度考えてみよう!と思ったのでブログに書いてみようと思いました。

話は高校時代に遡ります。高校の時は野球部に入っていました。私は出身が滋賀県なのですが、私が通っていた高校の野球部はそれなりに名は通ってはいますが、強豪校かというとそんな高校ではなく、かといってめちゃくちゃ弱いわけでもなく、昔に一度だけ春の甲子園に出場したことがある!というだけの普通の野球部です。謙遜とかじゃなく本当の話し(笑)

私が「接骨院の先生」というものを意識したのは、高校2年の時に怪我をした時でした。
一年先輩の3年生が夏の地区予選で敗退し新チームになったばかりの高校2年の時の秋の大会の試合中、当時ショートを守っていたんですが、打球が飛んできたので捕球をし一塁へ投げた後に「ズキッ」と右の太ももに違和感を感じました。でも、新チームになって初めての試合だし勝ちたい!という気持ちからアドレナリンが出ていたからなのか、特に痛みを感じることもなく、という感じで、野球の試合は9回の表裏があるのですが、たしか6回ぐらいに感じた違和感でその後も普通に走り回っていました。

これが本当に不思議でおもしろい話なんですが、試合が終わり、両校が挨拶をするために集まろうとした時に突然痛みを感じ、そこからは普通に歩けず、右脚に体重をかけて立つのも痛くて辛くなったので、部活が終わった後に以前にも通ったことのある接骨院へ行きました。

そこの接骨院の先生は、もともと柔道家で接骨院の近くにある高校(滋賀では有名な近江高校)の柔道部や野球部などその他いろいろのスポーツをしている高校生の身体のケアをされている先生でした。

そこで診てもらった結果、右太ももは、筋肉が損傷をしていて『肉離れ』を起こしているということでした。
何重にもテーピングを巻いていただき、その上から更に包帯で固定をし、何もわからない高校生の少年にも「あ!これは結構重症なんだ」と理解できるほどの処置の仕方でした。

たしか2ヶ月くらいは無理をしたらいかん!と言われていたと思うんですが、痛みがあるうちは動けもしないので下半身を使わないでも出来るような練習や筋トレをしたりしていたのですが、数週間ほど経ってくると、

「痛みもマシになってきているから動きたいな」という気持ちと
周囲からの「いつまで休んでるんや?サボってんのか?」みたいな目が嫌な気持ちとが混ざって(時代ですよね…^^;)
2ヶ月の休養をとることなく、完治する前に練習に参加してしまいました。

練習には参加したものの、あたりまえの話なんですが、数週間休んでいたため、なかなか思うように体も動かせず、いままで出来ていたような動きもできなくなっていました。走り込んだり筋トレをしたりしてなんとか元の状態にまで戻そうとし、ほとんど元の状態に近いところまで戻していけたんですが、どうしてもできない動きがありました。

【右足で踏ん張ること】でした。

バッターの時だと、右打ちだったので右足は軸足になるので踏ん張れないので強く振れません。
守備の時だと、無理な態勢で捕球をした時に踏ん張れないため態勢が崩れてしまったり、一塁へ速い球が投げられなかったりします。

結局、最後まで踏ん張ることができなくなったので、守備のポジションもショートから比較的動く範囲の少ないサードへ変更することになりました。
この時は、自分が思うようにプレーができないことに対しての苛立ちや悔しい気持ちしかなかったのですが、今になって思うと、完治しきっていないまま練習に参加してしまったことが原因なんだろうなと思います。
当時も心のどこかで、そういう苛立ちや、思うように動かせないモヤモヤした気持ちを指導者なりトレーナーに気付いて欲しい!という思いはあったのかもしれません。こちらから言うと、それはただの「いいわけ」として取られてしまうと思っていたので尚更ね…

そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま高校2年の後半と3年の時は野球をしていたので、正直野球が全く楽しくなかったです。
辞めたい気持ちと、負けてくない気持ち、応援してくれている人がいるので諦めたくない気持ちと、そんな苦しい状況を理解しようとしてくれない指導者に対する疑いの気持ちと、、、いろんな感情が入り混じった最後の1年でした。
そういった経験があったので、自分と同じように苦しい思いをしている球児たちを支えられるようなトレーナーになりたい!と思うようになりました。そうなんです、はじめは[トレーナー]だったんです。

そこからトレーナーの資格でもある「アスレティックトレーナー」の資格について調べていたんですが、いろいろ調べているうちにトレーナーの仕事もいいけれど、お世話になっていた接骨院の先生のような治療がしたい!と思うようになり、接骨院の先生になるにはどうすればいいのかを調べて、柔道整復師の資格が取れる専門学校を受けることにしました。

怪我をして辛かった時に、診療時間外でも快く治療を引き受けてくれる先生の仕事をしている姿を見させていただいてきたおかげで、高校3年の進学の時には、国語や数学など必修科目の勉強が大嫌いで大学に進学しやりたくもない勉強をする為に無駄な学費を払ってもらい大学に通うことは、親にどれだけ説得されても「行きたくない」の一点張りでしたが、
接骨院の先生になれる「柔道整復師」の資格を取れる専門学校には、親に半ば止められながらでも「どうしても行きたい」と思うくらいわがままになれたので、お世話になっていた接骨院の先生に相談し、勧めていただいた老舗の学校である【明治東洋医学院専門学校】を受け、『柔道整復師』を目指すことになりました。

長々と、稚拙な文章で、どうでもいいような事を書いてしまいましたが、これが今の仕事をやらせていただくことになった経緯です。

 

ざっくりまとめますと、、

自分が怪我をした時に、感じた指導者に対する疑問、あの時にもっと知識ある人が近くにいて、身体も心もサポートしてくれる人が近くに居てくれたら、高校最後の1年間をもっと楽しく野球ができたんじゃないか!という経験があったから
きっと世の中には同じような思いをしている人はたくさんいるはず!そういった人たちと関わる機会があれば、なにかサポートができるようになりたい!という思いが、柔道整復師を目指した「きっかけ」です。

これからもこの気持ちは忘れないように、関われるご縁をいただいたみなさんに、

『人生ほんの些細なきっかけ一つで変わる事だってあるんだから、そんなみなさんの人生の何かしらのきっかけになれれば』という信念は忘れずに頑張っていければと思っています。

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